みんなのキリスト教ニュース - “古里宮城”助けたい/宣教師・カルビン・カミングスさん(69)=名取市

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◎被災地で活動息子らも

 「祖父の代から続いた八百屋なんだ。閉めなきゃならないのが心残り」
 万石浦に面した石巻市東部の渡波地区。国道沿いにある高橋八百屋店主高橋紀夫さん(71)は無念そうに言った。3月11日の津波で自宅は流され、店も設備が壊れた。地盤沈下も起きて、たびたび冠水するという。
 「でも、ありがたいのは若い人たちの応援だ。どうにも片付かなかったところを助けてくれた」
 外ではボランティアたちが、商品の花の鉢が散乱するビニールハウスの残骸と格闘していた。
 中心になって声を出していたのが背の高い米国人の若者だ。ルカ・カミングスさん(25)。声を掛けた東京の友人たちと3週間余り、渡波地区で活動しているという。
 「被災した人たちと一緒にいたいし、何でもやりたい。この国は自分の故郷そのものだから」
 日本人と変わらぬ日本語が返り、隣で父カルビンさん(69)が笑った。

 カルビンさんはキリスト教の宣教師。1970年に来日、81年から仙台市内の教会で活動してきた。6年前から名取市で妻と暮らす。「4男2女の子どもが皆、仙台市川平小の卒業生」と言う。
 「震災が起き、仙台の教会に避難した人たちの世話や、支援物資を集める活動を始めたら、翌日にルカが駆け付けた」
 ルカさんは末っ子。日本で育ち、日本人女性と結婚し、上智大を卒業。埼玉に住み、登山ガイドなどの仕事をしている。
 「居ても立ってもいられず、緊急車両に乗せてもらい物資を名取市役所に運んだ」と言う。以来、父と一緒に被災者への支援活動を続けてきた。
 渡波地区を2人で訪ねたのは4月4日。犠牲者への祈りを唱え、手伝いのできる場を探していた時、高橋さんの長男でコンビニエンスストアを営む俊一さん(40)と出会った。
 俊一さんは「『サンキュー フォー カミング(来てくれてありがとう)』と2人に声を掛けたら、『私もカミングスと申します』と日本語で言われ、笑って打ち解けた」と振り返る。
 ルカさんは地元の復旧支援活動をしている俊一さんと友人になり、高橋八百屋と、人手に困った家々の手伝いを東京の仲間や父と続けた。被災者が泊めてくれたり、テントに寝たりしながら、23軒の片付けを終えた。
 「支援がまだ届かない地域も多い。活動の基地になる場を石巻に探して借り、腰を据えて続けたい」とルカさんは言う。

 カルビンさんの残る3人の息子は、実家のある米フィラデルフィアなどで暮らすが、震災後、次々と飛んできた。
 次男の医師ダニエルさん(34)は3月末から10日間、日本赤十字の傘下に入り、石巻市内の避難所で働いた。
 病院の救急スタッフの三男カレブさん(27)、宣教師になる勉強中の長男マタイさん(37)も、石巻や宮城県山元町の避難所の仕事を手伝った。
 「みんな生まれ育った故郷だから。当たり前のこと」とカルビンさん。
 福島第1原発事故の後、米政府は日本にいる自国民に避難を勧告。帰国した友人もいたが、「私には関係なかった。ここに生きている人を助けたい。思いを分かち合いたい。これからも一生」
(寺島英弥)

河北新報ニュース 2011年05月08日日曜日


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